執筆:
買取むすび 編集部
日本が「黄金の国ジパング」と呼ばれるのはなぜ?金の価値は今なお健在
「黄金の国ジパングってなに?」
「事実なのか知りたい」
このように考えていませんか?
黄金の国ジパングとは、マルコ・ポーロの旅行記「世界の記述」(東方見聞録)に登場した日本を意味する言葉です。
ジパングの名称を聞いたことがあっても、詳しい内容を知らない方は多いでしょう。本記事では、黄金の国ジパングの概要や事実と異なる部分を解説します。
日本の金の歴史を学びたい方も、ぜひ参考にしてみてください。
目次
そもそも黄金の国ジパングとはなんのこと?

黄金の国ジパングとは、マルコ・ポーロが口述した「世界の記述」に登場しました。「世界の記述」は日本では「東方見聞録」の名称で知られており、マルコ・ポーロが父や叔父とともにアジアを旅した記録として有名です。
黄金の国ジパングは当時の日本のことであり、世界に日本を示したはじめての記録とされています。
ちなみにジパングの呼称は、中国南部の方言で日本国を意味するji-pen-quo(ジーペングォ)に由来していると考えられています。
東方見聞録でジパングは「莫大な黄金がある」「国王の宮殿は純金で覆われている」などの記述があり、黄金の国と呼ぶにふさわしい内容です。
マルコ・ポーロは日本を訪れていない
黄金の国ジパングは東方見聞録の記述がもとになっていますが、当のマルコ・ポーロは日本を訪れたことがありません。
東方見聞録は、マルコ・ポーロの見たものだけでなく、他人から聞いた情報をもとに作られています。
マルコ・ポーロは旅の途中、モンゴル帝国にて5代皇帝フビライ(クビライ)に仕えており、その際、中国の商人などから日本の情報を得ていた可能性があるのです。
例えば、東方見聞録には、「ジパングが大陸から1500海里の距離にある」という内容が記されており、当時の中国の国際貿易港である泉州(サイトン)と日本の九州北部との距離に相当します。
1500海里が泉州と九州とつなぐ距離である事実は、マルコ・ポーロがモンゴルや中国に滞在中、日本の話を伝えられたと想像させます。
黄金の国ジパングに関連する2つの事実

黄金の国ジパングの記述は事実と脚色が混在しています。ここでは、東方見聞録に記された当時の日本をあらわす2つの事実を紹介します。
- ・モデルとなった建造物は中尊寺金色堂
- ・偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)
それぞれ見ていきましょう。
モデルとなった建造物は中尊寺金色堂
黄金の国ジパングをあらわす記述として「島(ジパング島)には大きな宮殿があり、床やあらゆる部屋が純金の板でできている」といった内容があります。
黄金の宮殿は中尊寺金色堂を誇張して伝わったものとされています。中尊寺金色堂は岩手県に現存しており、床や壁にいたるまで金で装飾されている豪華絢爛な建造物です。
阿弥陀如来(あみだにょらい)など33体の仏像をまつり、美しい装飾がほどこされた中尊寺金色堂の話から、黄金の国のイメージを連想させたのかもしれません。
偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)
偶像崇拝とは、仏像などを神の代わりとして崇拝することです。
もともと仏教は偶像崇拝を禁じていた背景がありますが、現在ではお寺に当然のように仏像があります。
お寺で仏像に向かって手を合わせ、健康や幸運を願った経験がある方は多いでしょう。
東方見聞録が作られた当時、日本で仏像をまつって信仰していたのは事実であり、マルコ・ポーロが日本の仏教の様子を伝聞で知り、記したと考えられます。
黄金の国ジパングには嘘もある?事実と異なる部分

黄金の国ジパングには当時の日本の事実と異なる箇所も存在します。具体的には以下の3つです。
- ・食人文化
- ・ジパングの民は大量の金や宝石をもっている
- ・香辛料が豊富にとれる
それぞれ解説します。
食人文化
「食人」とは文字通り人の肉を食すことですが、当時の日本人が人の肉を食べていたという事実はありません。
しかし、東方見聞録にはジパングの食人文化が記載されているのです。「島の人々は捕まえた敵の身代金が払われないと、敵を殺して料理し、宴会で食べてしまう」という恐ろしい内容が記載されています。
事実とは異なりますが、過激な描写は当時の読者を震えあがらせたことでしょう。
ジパングの民は大量の金や宝石をもっている
大量の金や宝石をもっているという内容も、誇張されたものです。
マルコ・ポーロが世界を旅した1270年代から1290年代にかけて、日本が世界的な金算出国であった事実はありません。
日本が遣隋使の時代から中国に滞在費として砂金を支払っていたり、中尊寺金色堂が黄金の宮殿と認識されたりしたことが誇張して伝わったと考えられています。
香辛料が豊富にとれる
豊富に香辛料がとれるのは中国や東南アジアの国々であり、日本も海外から香辛料を輸入していました。
日本自体が豊富に香辛料を収穫していた国という事実はありません。
東方見聞録には、日本が光り輝くアジアの楽園をイメージさせる記述がありますが、実際は異なります。
当時の日本は鎌倉時代で、地震などの災害や疫病の流行、正嘉の飢饉(1258年)の発生もあり、とても楽園といえる状況ではなかったでしょう。
昔も今も金には高い価値がある

黄金の国ジパングには事実と異なる点は多いですが、金には人々の情熱をかき立てるロマンがあります。
昔も今も金の美しい輝きや荘厳な雰囲気に魅了される方は多いでしょう。
金を重宝する文化は日本に限らず、エジプトや中国でも古くから高級金属として歴史を刻んできました。
金に情熱を傾けるのは現代人も同様で、金を身につけること自体をステータスに感じる方もいるでしょう。価値の高さに裏付けられるように金の相場も高い水準となっています。
金の現在の価値を知りたい方は、以下を確認してみてください。
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本記事では黄金の国ジパングの概要や事実と異なる部分を解説しました。東方見聞録は、マルコ・ポーロが他人から聞いた内容をもとに構成されており、ファンタジーの要素もあると考えられます。
夢のような黄金の楽園は、当時の人々の心を踊らせたでしょう。
黄金の国ジパングは実在しなかったかもしれませんが、金が高い価値を持つことに変わりはありません。自宅に不要な金製品がある方は、金相場が高い今が売りどきです。
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